ここ最近は、和歌の解釈は決して一通りに確定したものではなく、多様な解釈が成立しうるということを学んでいます。実際に考察に取り組んでいる和歌の中から、特に奥深さを感じた紀貫之の一首をご紹介します。
八月駒迎へ
逢坂の 関の清水に かげ見えて いまやひくらむ 望月の駒
(『貫之集』第一 第14番、『拾遺和歌集』巻第三「秋」 第170番)
個人的にもともととても好きな一首なのですが、この歌を解釈する上での大きなポイントは、歌われた情景が昼なのか夜なのかという点です。まず、考察の前提となる語義を確認しておきます。
駒迎へ
諸国から献上される名馬を、朝廷の役人が逢坂の関まで迎えに行く行事。八月に行われました。
逢坂の関
近江・山城の国境に位置する逢坂山に置かれた関所。京と東国との間の行き来に、必ず通過する場所です。
望月
通常は「満月」のことですが、この歌では、今の長野県望月町にあった御料牧場(『望月牧』)を指します。ただし、もちろん「満月」の意も念頭に置かれているでしょう。
さて、ではこの歌を解釈するとどのようになるでしょうか。手元にある2種類の注釈書の記述を引用します。
「逢坂の関の清水に、十五夜の月と馬の影とが映っているのが見える。いまや望月の牧の馬が駒牽に引かれていくのであろう。」
(新潮日本古典集成『土佐日記 貫之集』 木村正中 校注)
「逢坂の関の清水に馬体を映して、今、望月の駒を引いているのであろうか。」
「昼の光景。関を開けなければ通行できぬわけで、夜の光景ではない。」
(私家集全釈叢書『貫之集全釈』 田中喜美春・田中恭子 共著)
上記の通り、一方は夜の情景とし、他方は昼の情景としています。
この歌は「駒迎へ」という実際に行われていた行事が題材となっていますが、当時は夜といえば基本的に真っ暗。なのでこうした行事が夜間に行われていたとは考えづらく、だとするならば、この歌は昼の情景を詠んだものとの説には一定の根拠があると言えるでしょう。
しかし私は、この歌は夜の情景を詠んだものと解釈したいと考えています。といって、駒迎えの行事が夜間に行われることもあったと主張しているわけではありません。この点でのポイントは、この歌が屏風歌であるという事実だと思います。
「屏風歌」とは、屏風に貼られた色紙・短冊などに書き付けられ、屏風に描かれた絵やその画題に応じて詠まれた和歌のことです。その特徴として、
①実景を詠んだものではないこと
②かと言って、屏風に描かれた絵をただそのまま描写したものでもなく、屏風絵を題材に、和歌として最も趣向のある場面を創出して詠まれたものであること
があげられます。
こうした屏風歌の特徴を考え合わせると、この歌は「望月」という牧場名から当然に連想される「満月」に思いを寄せ、名馬が月光に照らされるとともに、その馬体と満月とが揃って水面に映り、朝廷の役人が見守る中、粛々と馬が引かれて行くという幻想的な「和歌風景」を詠んだ歌であると解するのが妥当ではないでしょうか。
実のところ、この歌の解釈・鑑賞のポイントとしては、ここまで記載したこと以外にも、
・「影」に「鹿毛(馬の毛色の種類)」が掛かっているか
・「今やひくらむ」と現在推量(今頃は~しているだろう)が用いられていることからすると、屏風に描かれていたのは駒引きの様子ではなく、逢坂の関の清水に満月が映っている情景だけであったのか
などといった点もあげられ、こうした点においてもそれに言及している文献/していない文献双方が存在します。
ということで、この歌の解釈を考えるには、和歌そのものや使われている語句の正しい理解はもちろん、当時の行事の概要や、実景を詠んだ歌ではなく屏風歌であることなど、さまざまなことを合わせ考える必要があるわけです。なおかつその上でも、専門の研究者の見解も一様には定まらないということですから、古典和歌というのは、本当に奥深い世界だということを改めて実感します。
長い記事に最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
最後にお遊びですが、私が考える解釈に沿って、AIに画像を描いてもらいました。どうせならと思って「屏風絵風に描いてください」とお願いして出力されたのがこの画像です。なかなか良くできていると思います(AIの進化は本当にすごいです)が、いかがでしょうか。
